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心の世界は難解なので、入り口が必要だと思う

15年前、心理学を志した大学で出会った臨床心理学・心理療法の世界はあまりにも私にとって未知の世界でした。特にフロイトユングの世界はぶっとんでいるように思え、全く理解できず、結局普通に…というか普通以上に心理の世界とかけはなれた、なんなら対極にあるんじゃないかとも思える、証券業界に就職することになりました。

こういうのを、心理学的には反動形成というのでしょうか。

※反動形成:抑圧されて無意識になっている欲求が,意識や行動に現れないよう,それと正反対の意識・行動に置き換えられる機制をいう。防衛機制の一種で,たとえば,攻撃性が抑圧されている場合には極端に親切になったりする(出所:ブリタニカ国際大百科事典)。

 

ある一定の特性を持った人にとっては、心の治療や、無意識の世界、言葉が紡ぐ意味の世界というのは、直感的に入ってきづらいのだろうなぁ、と思いますし、私はそういうのがタイプだと自覚しています。

もともとそういうタイプかどうかは別としても、普通にビジネスの世界の感覚に染まった人にとって、「心」とか「価値」とか「世界観」みたいな捉えどころのない概念はあまり日常的に縁がないことが多いのではないでしょうか。

 

ビジネスのプレゼン資料で記載しなければならないのは「価値観」ではなく「金額」ですし、目指すものは「自分にとっての意味」でなく「社会的価値」です。

それが正当化される社会にいるからこそ、「心」とか「無意識」とか摑みどころのない主観的な世界を軽視していても「客観的には成功した」生活を送ることも十分に可能になります。むしろ、そうでないと生活が立ち行かないことも多いのです。

 

心の世界の奥深さと難しさ

最近は、オンラインカウンセリングサービスを運営する中でたくさんの心理療法家にお会いすることがあります。お話を伺っていると、そこで起こっていることや語られることは本当に奥深くて、人の人生をより人間らしく、豊かにしてくれるものだと感じます。

一方で、極めて摑みどころがなくて、こんな感じでビジネス向けのプレゼンにしたら一瞬で上司に激怒されて突き返されるだろうなぁ…とか想像してしまうわけです。

その中では、認知行動療法はかなりプラグマティックで社会的価値観に沿った内容なので、上司のレビューにも合格するのかな、という印象。だからこそ、保険点数化され、医療の枠組みの中に入って、社会的に受け容れられてきたのだと思います。

さらに、利便性や実利を重視するオンラインカウンセリングサービスは認知行動療法と相性がいいので、cotreeでは主に認知行動療法的アプローチをすすめています。

最近は、オンラインカウンセリングも認知行動療法も、「実利」というみんなが理解できる入り口を提供することで、「心」と向き合うきっかけを提供するものである、と考えるようになりました。

認知行動療法をきっかけにして、自己理解を深め、より深い場所への入り口に立つ。

オンラインカウンセリングをきっかけに、最初の援助希求をし、そこからより適切な場所を探し出す。

それから、なかなか一般的には伝わりづらい奥ぶか〜い世界の中にいる人たちの言葉を「そういうのがわからないタイプの人」の言葉で翻訳してその価値を伝えていく、ということも、私たちにできることなのかなぁ、と考えたりしています。